恐ろしく平等という話

昨日の朝、出勤する時にゴキブリが駐車場の脇に死んでいて、蟻が集っているのを横目で見て通り過ぎた。



あのゴキブリは、暑くなってきて湿った前日の夜にアスファルトの上を徘徊していた、何匹かの中の一匹だ。

息子たちと、クワガタが飛んできていないかと街灯の下を確認して回っていたのだ。

暗い地面に黒いつやつやしたものが動いていて、とっさに「あ、クワガタ!?」と近づいて光を当てるとなんと大きなゴキブリ。

みんなで「うわ!」と言って跳ね退く。



そう。死んでいたのは、あの、嫌われ者のゴキブリだった。

出勤のため、運転しながらしばしぼーっと考えていた。

「嫌われ者」と言っても人間が嫌っているだけだ。死骸になったらそれを有難く小さな虫や微生物達が食べて、土に還す。どの微生物も「うわ!」などと思っていない。

そして、ゴキブリを差別視する我々も、死骸になれば、洒落くさって火葬などにしない限り、小さな虫や微生物達が分解して土に還す。

ゴキブリと同じ終末を辿る。

どれだけ着飾ろうが、良い車に乗ろうが、病弱であろうが、国を治めようが……。平等の死を迎える。



今朝。
また同じ場所を通る。

例のゴキブリの死骸は、蟻によってほとんどが持ち去られ、脚と頭だけが残されていた。



この恐ろしいほどの平等の中で、私達はどう生きるか。

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